立川 脱毛の問題と解答
この問題に対して1つのヒントを与えてくれたのが、マサチューセッツ工科大学(M1T)の経済学者ポール・クルーグマンである。
クルーグマンは「東アジアの奇跡」に疑問を投げかける有名な論文「幻のアジア経済」を、フォーリン・アフェアーズ誌の1995年1月号に寄稿した。
この論文の中で、クルーグマンは国の経済成長をもたらすアプローチには、所与の資源や資本ストックを生産的、効率的に活用するルートと、未使用資源を動員して生産活動に結びつけるルートの2つがあることを指摘した。
クルーグマンはまずこの考えを、1950年代に驚くべき高度成長をとげたソピエト経済がその後大きく行き詰まり、ついには破綻したケースにあてはめる。
広大な国土、農地、地下資源を持つソビエトが、強大な国家権力によって主婦を含む大量の未熟練労働者を生産活動に動員できた聞は、ソビエト経済は規模拡大を続けられた。
しかし、よく調べてみると、動員された労働者の生産性は低く、限界的な労働生産性は低下を続けていた。
したがって労働力の動員がストップしたところで、ソビエト経済は突然失速してしまったのである。
次に、クルーグマンはこのアナロジーを東アジア諸国、特にシンガポールにあてはめる。
シンガポールは1966年から1990年にかけて実質ベースで年平均8、5%の経済成長を達成したが、その大部分は人的資源や資本の投入量の増加(動員)によるものであったと指摘する。
そして、もしシンガポールが今後持てる人的資源を生産的、効率的に活用し、年々より多くの付加価値を生み出さない限り、今後の高成長はあまり期待できないというのである。
マクロ資本主義による経済的成功と突然の失速を経験している日本の状況にこのアナロジーを当てはめれば、次のように説明することができょう。
つまり日本は、国民一企業一金融機関の聞の相互信頼と長期リレーシヨンに支えられた独自の金融システムによって、資本の生産性、収益性にこだわらず、効果的に資本を動員することが可能であった。
動員された資本は、Nのパイの拡大を最優先課題として、低コストで優先順位の高い分野に政策的に配分され、素晴らしいマクロのパフォーマンスをもたらした。
しかし、やがて少子・高齢化社会に突入し、金融資産への依存度が急速に高まってしまった日本では、従来のように低い資本収益率、低い金融資産のリターンによっては、もはや国民の資本を動員することができなくなった。
それが現在の閉塞状況なのである。
このような資源動員型の経済発展は、もはや高齢化、年金社会を特色とする成熟国日本にふさわしいモデルではない。
日本は今まさに、与えられた資源や資本ストックを生産的、効率的に活用して、多種多様なニーズをほどよく満たしつつ、全員がプラス・サムの価値創造をめざす経済システム、資本主義市場経済のグローパル・スタンダードへ移行すべき転換点にさしかかっているのである。
4、3低下著しい資本ストックの生産性。
以上の問題を整理して示したのが、表234である。
マクロ的にとらえれば、実質GDPの潜在成長率は経済活動に動員できる人的資源ストックの伸び率(投入量の増加)と、ストック1単位の生産性・効率性の向上(労働生産性の上昇)の合計で近似される。
膨大な失業者を抱える経済や出生率の高い国においては、当然ながら雇用の高い伸びを重視した経済成長が中心になる。
したがって、そこでは規模成長、雇用拡大を重視した企業経営が重視されることになる。
一方、与えられた人的資源ストックをより効率的に活用した付加価値創造にただし、0:アウトプット、HS・人的資源ストック、K・資本ストック労働生産性の上昇率労働装備率の伸び率・資本生産性の上昇率よっても、経済は成長することができる。
しかし、こちらのほうは、与えられた一定の人的資源ストックから、より大きな付加価値を生み出すための創意工夫が必要となる。
これが生産性、効率性パラダイムである。
ここでは就業構造の高度化、教育・研修による人材育成、設備投資による生産性向上、研究開発投資による技術革新などが決め手になる。
これを首尾よくなしとげた企業は、高い収益性をあげることができる。
成功している経済や企業経営においては、投入量の拡大(規模成長)と、投入要素単位当たりの生産性の上昇が、同時に実現していることが多い。
例えばクルーグマンは前述した論文の中で、日本は長年資源の動員に成功してきたと述べている。
問題は経済価値創造をマクロ的に把握する際に、資本生産性の問題が表面に出ないことである。
価値の究極の創造主体が人間であるという意味で、労働生産性によって価値創造結果をとらえるのは正しい。
しかし、人間は徒手空拳で無から有を創造するわけではない。
人聞が資本を動員して原材料を調達し、設備を購入し、人材を育成し、新技術や新製品を開発することによって、初めて高い付加価値が生み出されるのである。
とりわけ人間の創意工夫と大規模な資本ストックを巧みに組み合わせることによって、爆発的な経済価値創造を実現したのが、産業革命以降の工業社会の発展であった。
そこで表234の下の部分では、労働生産性(O/HS)を労働装備率(K/HS)と資本生産性(O/K)に分解して示しであるOわが国の1980年代と90年代について、国民経済計算データにもとづいてGDP成長率のラフな要因分析をおこなった結果は、表235に示す通りである。
1980年代についてみると、年平均GDP成長率は6、0%だ、ったが、そのうち2、0%は労動力の追加投入、3、8%は労働生産性の増加によって達成された。
1990年代になるとGDP成長率は年平均1、5%に鈍化したが、1980年代と同様に、そのうち1、0%は労働力の追加投入によって、そして0、5%は労働生産性の増加によって達成されている。
これだけみると、1980年代から最近にかけてのわが国の経済成長率は大きく鈍化したものの、人的資源の追加投入と生産性アップの両方の組み合わせで達成されるという健全なパターンを保っているようにみえる。
しかし、ここに資本生産性の推移を導入すると、初めて日本の抱える問題の本質がみえてくる。
表234にもとづいて、労働生産性の増加を労働装備率(K/HS)と資本生産性(O/K)の増加率に要因分解してみると、実は労働生産性の増加はすべて資本の追加投入の結果であったことがわかる。
そして、投下された資本ストックの生産性は、この20年間一貫して、年平均マイナス1、0%を記録し続けてきたのである。
資本ストックの生産性からみれば、失われたのは10年どころか20年にもなっているのである。
こうしたマクロ・レベルのパフォーマンス悪化の実態は、大企業セクターの財務分析でも裏づけられる。
図235は、日本政策投資銀行編『財務データで見る産業の40年』に掲載されたものである。
同図に示されるように、わが国の大企業セクターはごく最近まで一貫して高水準の資本投入を続け、労働装備率は1990年代も高い伸ぴを続けてきた。
しかしその高水準の投資も、90年代に入るともはや付加価値生産性の上昇にはほとんど結びついていない。
こうして資本ストックの生産性は80年代の初めから一貫して低下を続けてきた。
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